7・龍之介が遺したものとは
龍之介の死から八年後、龍之介の一番の親友であった菊池寛は、龍之介の功績をたたえ、『芥川龍之介賞』を設立しました。これは、龍之介が目指していた純文学の灯を消さぬためのものです。これまでに約百五十回が行われ、井上靖、安倍公房、松本清張、遠藤周作、石原慎太郎、大江健三郎、村上龍、辻仁成、金原ひとみ、綿矢りさ、などといった有名な純文学作家を多く輩出しました。
平成十五年度から、高校の国語の教科書すべてに、『羅生門』が採用されるようになりました。
何処の図書館に行っても、何処の書店に行っても、必ず一冊は、龍之介の本が置いています。そして、幼稚園児からお年寄りまで、幅広い層に読み継がれ、愛されています。
今や、『芥川龍之介』という作家は、誰もが知っている、国民的な作家となりました。
その一方で、「若くして自殺した作家」というネガティブなイメージが付きまとうことが多くなりました。その共通点や、あえて似せて写った肖像画から、太宰治とかぶって覚えられ、『人間失格』の作者と思われていることも少なくありません。
確かに、龍之介はおじいさんにならずに死んでいきました。龍之介が死んだ年齢には、師匠・夏目漱石はまだデビューしていませんし、実父・新原敏三のもとにも、まだ龍之介は生まれていません。龍之介が如何に若くして死んだかがわかります。しかし、龍之介は誰よりも一生懸命生きました。
生まれついて、実の両親から離され、大人になってからも、時折悩まされる病気や様々な問題と闘いながら生きました。もし自らの命を絶たなかったとしても、長生きできていたとは限りません。病気で死んでいたかも知れない。戦時中に戦争賛美的な作品を作らされ、戦争が終わると同時に、公職追放の憂き目に遭ったかも知れない。その失意の中で、生き、死ななければならなかったかも知れない。自殺した=敗北者とは違うと思うのです。
ここからは個人的な意見になるのですが、龍之介の作品の中でも特に有名なものは、『羅生門』や『鼻』、『杜子春』、『蜘蛛の糸』などといった、比較的元気な時期に書かれたものです。しかし、『河童』、『歯車』、『或阿呆の一生』などといった晩年の作品にこそ、龍之介が必死で生きていた証が残されていて、多くの文学者もそのリアルな描写を評価するのではないかと思っています。芥川龍之介という作家は、世知辛い世の中を必死で生き抜くリアルな姿であり、わたしたちに生き抜く勇気を与えてくれるような、そんな存在なのではないでしょうか。
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