小さいけれど、どんなものだって爆破する。そんな存在になりたくて……

麻婆豆腐

麻婆豆腐という名前の友人がいる。
本人はいつもこう名乗っている。
元々が『マーボー』と呼ばれていたらしく、
そこから派生して『麻婆豆腐』になったようである。

マーボーとは、四年前、就活のセミナーで出会った。
年も、住んでいる場所も、性格も、全然違う。
ただ、下の名前が『ま』で始まることと、お笑いが好きなことだけで、
あたしたちは友達になり、しばらく毎日連絡を取り合った。
時に話が噛み合わず、お互いにイライラすることはあったけれど、
それでも一緒にいると、心地がよかった。
だけれども、あたしたちの共通点は、
もうひとつあったことに、後で気が付いた。

マーボーと友達になった翌年のことだった。
ファミレスで一緒に食事をしていると、
まるで聞いてくださいと言わんばかりに、
あたしの眼を見て、真剣に語り始めた。

マーボーは、小学校の頃からいじめられていた。
中学校に入っても、状況は変わらなかった。
誰も友達がいなくて、出来たと思ったら裏切られる。
やがて、誰も信用できなくなったらしい。
高校に入ったけれども、やっぱり状況は変わらなくて、
勉強も身につかなくなった、部活にも出なくなった、
学校に行くのが本当につらくなって、
とうとう学校を辞めてしまったらしい。

これまでの自分は、つらくて悩んでいるのは自分だけだと思っていた。
だけれども、そうではないということを、マーボーは教えてくれた。
心の友を得た喜びを、生まれて初めてこのとき感じた。
マーボーだって、こんなことを口にしたくなかっただろう。
だけれども、重い荷を下ろした後のマーボーは、どこかすがすがしく見えた。
ずっとずっと、誰にも言えず、ひとりで溜め込んできたのだろう。

専門学校を受けたくても、高卒の資格が無いからと諦め、
またいじめられるのではないかと不安になる。
アルバイトをしたくても、高校中退者は受け付けてもらえず、
遊びに行きたくても、ひとりで何処かにいくと、
また誰かに会うのではないかと不安になる。
ずっと家にいて、大好きなお笑い番組を観るだけの日々が続いたらしい。

もうこんな日々を続けたくないと、勇気を出して外に出たのが、
あのセミナーだったらしい。
最初は、自分の名前も言いたがらなかった。
だけれども、三日間のセミナーで、自分の名前を言えるようになっていた。
何が好きで、将来はどうなりたい、それを語っていた。
セミナーの内容は覚えていないのだけれども、
僅かな間に、人はこうも変われるんだと、
勇気をもらった三日間だった。

マーボーは、家の転勤で、今は遠いところに住んでいる。
マーボーに会うことは、もう滅多になくなった。
だけれども、今ではアルバイトをして、
毎日忙しい日々を送っているらしい。
辛い世の中に溶け込んでいく、
麻婆豆腐の豆腐のように。
マーボーは、あたしのことを、どう思っているのかわからない。
だけれども、少なくともあたしは、
マーボーの友達だと思っている。
辛い世の中をマイルドにしてくれる、
麻婆豆腐の豆腐のように。

(2013年8月3日)

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