目が醒めると、僕は真っ白な部屋にいた。
どこもかしこも真っ白だ。
左手のカーテンをずらすと、僕の見たことのない景色があった。
僕は、こんな場所、行ったことが無い。
他の三方は、天井まで伸びる、少し汚れかかった大きな幕で覆われている。
一体ここは何処なのだろう。
僕は、自分の姿を確認した。
いつも着ている、夏服の開襟シャツだ。
胸元には、校章と僕の苗字が刺繍されている。
なんらいつもと変わりはない。
それなのに、いつもの学校とは違う。
本当にここは何処なのだろう。
ベッドから起き上がり、幕をずらす。
部屋には「朝ごはんを毎日食べましょう」などと書かれたポスターや、
健康についての張り紙がところどころにされていて、
身体測定のときに使われる幾つもの計測物があるところをみると、
保健室と思って間違いがなさそうだが、僕の学校のそれとは違っている。
養護教師に、ここは何処なのか尋ねたいところだが、
生憎ここに養護教師はいない。
心なしか、いつもよりもいい香りが漂ってくる。
何の香りかわからないが。
僕は、保健室を出て、周りを見渡した。
やはり、いつもとは違う廊下だった。
制服を着た女子がふたり、反対側から歩いてくるのが見える。
彼女たちの制服は、僕の学校のそれとは違っていた。
僕の学校は、女子はごく普通のセーラー服である。
だが、彼女たちはピンクのブラウスに白のベスト、その胸元には、赤い大きなリボンを着けている。
緑系統のチェックのミニスカートからは、少し油断をすると、パンツが見えそうだ。
彼女らは、僕に一瞥もせず、何事も無いかのように歩いてくる。
彼女らとすれ違ったとき、何やらを話しているのが聞こえてきた。
けれども、「それでね、こないだのテストがね」と、まったく違う話題だった。
どうやら僕のことではないようだった。
しかし、何故僕がこんなところにいるのだろうか。
僕は、もう少し歩いてみた。
階段を上り、教室のある棟へと向かう。
そこに、男の姿はひとりもない。
すべてが、いまし方見た、あの制服の集団だったのである。
別の教室も、別の教室も、みんな同じ制服を着ていた。
やはり、男の姿は何処にもなかった。
そして、みんな、何やらを話し、楽しそうにしている。
残念ながら、その輪に僕は入れなさそうだった。
別の教室に行って見ると、女子たちが着替えをしている。
教室で堂々と着替えているところを見ると、どうやらここは女子校らしい。
水泳の授業なのか、みんな水着に着替えている。
人前でもパンツを脱ぐ、おっぱいや下半身を見せながら平然と着替える、
いつもは洋服に隠れて見えない胸や尻のラインが、水着からもろに浮かび上がっている。
本当はまじまじと見たかった。
だけれども、怒られそうだから、こっそり様子を見てみることにした。
あの、水着の集団が、着替え終わって、教室から出てくる。
やばい、逃げなきゃ!
そう思い、慌てて逃げた。
その刹那、階段を降りたのだが、踏み外し、何段かわからないほど大きく転んでしまった。
そこから何があったのか、さっぱり覚えていない。
目が醒めると、僕は体育館の真ん中で、沢山の人たちに囲まれていた。
さっきの制服の集団が、みんなでかがんで僕を見ている。
みんな、黒髪の、清楚でおとなしそうな子ばかりだ。
テレビの向こうの、人数ばかり多いアイドルグループなんかよりも、ずっと可愛い子が多い。
いや、ここにいる全員が可愛い。
ふと、思った方向に目線を向ける。
少し細い太腿の奥から、ピンクがかった白い三角形が見える。
僕は、それに釘付けになった。
紺パンを穿いていない、生身のそれを、生まれて初めて僕は目にした。
見上げると、黒髪に、きめの細かい色白の、おっとりした雰囲気の女の子がそこにいた。
「もしかして、おれは今から殴られるのか?」
そう思ったけれども、彼女は怒っていなかった。むしろ、にっこり笑っていた。
彼女だけではない。他にも何人もかがんでいる。数えてみたら、三十人はいるだろうか。
他の子も見た。次から次へと見た。
白、淡いピンク、水色、ミントグリーン、ラベンダー色……
綿、てかてか、ボーダー、チェック柄……
みな、それぞれの違った大きさの三角形を見せている。
マジで!? こんなチャンスに出会ったことに、いまだかつてあっただろうか。
暴走しそうになる下半身を、抑えるのに必死だった。
ズボンも穿いている。トランクスの先っちょが濡れていることにも気付いている。
だが、片付けられなかった。いや、彼女たちの前で片付けられないと思った。
「もっと見て!」
彼女たちはみんな立ち上がり、一斉にスカートを捲り上げる。
おお! 何と言う絶景!
可愛らしい色合いのパンツたちが、僕の周りを囲んでいる。
だが、下半身は更に暴走する。
今にも、スラックスとトランクスをいっぺんに突き破りそうだ。
どうすれば、どうすればいいんだろう……。
出来ることなら、彼女たちの前で、思いをぶちまけたい。
だけれども、それが出来ない。いざ、それをやってしまえば!
誰か、誰か助けて!
「あたしのパンツもっと見てください!」「あたしのも!」「あたしのも!」
「パンツの上から撫でてください!」「お尻さわってください!」
「パンツの上から舐めちゃってください!」
彼女たちは更に攻めてくる。本当は全員にしてあげたい。
でも、僕の下半身の暴走だって止まらない。
どうすれば、どうすればいいのだろうか。
誰か、誰か助けて!
そんなところで目が醒めた。
目が醒めたけれども、あの女の子たちは僕を囲んでいた。
あの女の子たちは、スカートを脱ぎ、パンツを露わにしている。
それらのパンツは、どれも股間の部分が濡れて、しみになっていた。
こういったところから、やはり、あれは夢ではなかったのだろう。
僕のトランクスも更に濡れていくような、そんな感覚がする。
ズボンの上からでもはっきりわかるほど膨らんでいるそれを、今すぐにでも脱ぎ捨てたかった。
彼女たちはベストを脱ぎ、ブラウスの前を外していた。
みんな、ブラジャーが丸見えになっている。
その殆どが、パンツと同じデザインで、
白、淡いピンク、水色、ミントグリーン、ラベンダー色……
色とりどりのブラジャーが僕を取り囲んでいる。
マジで!? こんなチャンス、いまだかつてあっただろうか。
下半身は更に暴走している。だが、片付けられない。
彼女たちの前で、恥ずかしい姿は見せたくない。
だが、僕の決意を他所に、彼女たちは一斉にブラジャーを外し始める。
裸の乳房が、露わになって、僕を取り囲んでいる。
どれもCカップ以上はあると思われる、ボリュームのあるものばかりだ。
おお! 何と言う絶景!
これは夢ではないよな、現実だよな。
そう思い、頬を叩くが、やっぱりこれは現実なのである。
「もっと見て!」
彼女たちはみんな立ち上がり、僕に乳房を近づけてくる。
おお! 僕の下半身の暴走は止まらない。
ズボンとトランクスが邪魔でしょうがない。
ひとりの女子が、僕の顔を胸の谷間に挟んでくる。
ぷにぷにと弾力のあるおっぱいの気持ちよさは、この世にある何にも変えられない!
「あ~、ずるいよぉ~!」
「あたしのもやって!」「あたしのも!」「あたしのも!」
そう言いながら、女の子たちが自分のおっぱいを僕の顔に近づけようとしてくる。
顔だけではない。腕、足、胴体、様々なところに、おっぱいを近づけてくる。
ひとりのものが、僕の上半身を脱がせようとしている。
別のものが、僕のズボンを下ろそうとしている。
僕の乳首を自分の乳首と擦り合わせようとするものもいる。
僕のせりたつ分身を、自分のおっぱいの谷間に挟むものもいる。
僕の全身は、彼女たちのおっぱいに囲まれている。
ああ、気持ちいい。
どんなマッサージをされるよりも、ずっとずっと気持ちいい。
僕は死ぬまでこうされたい。
僕の財産すべてを売り払っても、ずっとずっとこうされていたい。
僕の下半身がどうかなんて考えたくない。
僕は、夢を見ている。だけれど、これは夢ではない。
だったら何なんだろうか。
次から次へと変わっていく、乳房たちの、至上のやわらかさに、僕は我を失いそうになっている。
いや、もう失っている? もっと、もっと彼女たちが欲しいと思った。
彼女たちに抱かれたい。いや、彼女たちを抱きたい。
全員抱きたい。誰が一番だなんて選べない。
出来ることなら、ここにいる三十人を日替わりで全員抱きたい。
僕は、ここにいる全員を抱いてやる。
そう思った刹那のことだった。
突然土砂降りの雨が降りだし、体育館の中まで響いてくる。
キャーーー!!!
彼女たちのひとりが、泣き叫んだ。
大雨如きで泣き叫ぶなんて、可愛いな、本当に。と思った矢先のことだった。
僕の頭にザザザーッと、大粒の雫が落ちてくる。
何故ここまで雨漏りがするのだろう。そう思い、頭上を見上げる。
体育館には、大きな雨漏りが、ところどころで天井を突き破り、激しく降っている。
ダダダーーッ! ドドドーッ!
あちらこちらの大きな雨漏りは、すぐに体育館をプールにしていく。
女の子たちが体育館を出て避難しようとする。だが、雨水の重みで流されていくばかりである。
「みんな、みんな!」
叫ぶ声も雨に掻き消され、ドドドーッと、止め処なく天井を突き破り続ける。
雷の音も、稲光も、もっともっと激しく僕たちを攻撃する。
どうか……誰か、彼女たちを助けて……。
僕の願いとは裏腹に、プールはどんどん深みを増していく。
やがて、腰を過ぎ、胴体を過ぎる。呼吸をするのが苦しい。誰か、誰か、助けて……。
僕の身長をゆうに超えている濁流の中では、水泳の経験も生きない。
誰か、誰か! 僕はいい、いや、僕を。僕を助けて! このままじゃ、死んじゃう!
「今助けてあげる!」
そんな声がかすかに聞こえてくる。若い女の子のそれではない。
少し低い、脂の乗ったような声が聞こえてくる。相手は男か、ババアか?
だが、この激流の中では、もがくだけで必死だ。相手が誰かなんて贅沢は言えない。
その声の主はすぐに僕の両腕を引っ張ってくれた。
「パパ、なにやってるの?」
僕は、目が醒めた。僕の顔を覗きこんでいるのは、さっきの女の子たちではない。
ずっと年季の入った、背が低く、でっぷりと太った初老の女性である。
この女性は、十七年前に結婚した、僕の妻だ。
僕と同い年なのだが、そうは見えないほど、あちらこちらに皺がある。
「何だ、お前かよ。ったく、おれはいい夢を見てたんだ! 邪魔をしないでくれるか!」
あの夢を、このババアは一瞬にしてぶち壊し、僕を天国から地獄へと突き落とした。
「せっかく人が心配してあげたのに」
妻は、機嫌が悪そうに言った。正直を言うと、僕と妻の仲は、とっくに冷め切っている。
助けてくれるなら、こんなババアでなく、あの女の子たちであって欲しい。改めてそう思った。
妻の横には、十五歳の長男がいる。
「父ちゃんも、オナニーするんだ」
長男が、笑いながら言っている。
「オナニー? そんなことする訳ないじゃないか。それより、何処で覚えたんだ、その言葉!」
地獄から、また奥に落とされたような、そんな心持ちがした。
「だって……」
そう言いながら、長男は、ベッドの真下を指差す。
そこには、寝るときに穿いていたはずの、スウェットとボクサーブリーフが、脱いだままの状態で散らかっている。
「母ちゃんがいるじゃないか! こんなところでそう言う話をするのはやめろ」
妻の前で、実の息子に身も心も丸裸にされてしまった。
僕は自分が住み慣れた家で、生きながらにして、地獄の地獄の地獄ぐらいを見てしまったのである。
「すぐに行くから、下で待ってろ!」
妻と長男にそう言い、部屋から追い出した。
ベッドから出て、タンスから新しいボクサーブリーフを取り出し、穿きかえる。
そして、あの夢が何なのか、考えた。
あの夢の中の僕は、長男と同じ年で、同じ制服を着ていた。
あの頃の僕は何を考えていたのだろうか。
ふと、二十五年前のことを思い出す。
工業高校に入ったはいいが、まわりは男子だらけ。
いても、女子はふたりだけだった。
声が変わる前のドラえもんに、そのままセーラー服を着せたようなのと、
どうみても四十歳以上にしか見えないのが、友達同士で来ているのだが、
普通に男子と話し、昼食も男子と一緒に食べていた。
男子と同じ白のランニングパンツを穿いて、体育の授業を受け、
男子と同じ実習服を着て、情報技術や工業技術を学ぶ。
そんな彼女らを見ていると、中学時代の女子たちが急に恋しくなった。
彼女らはどうしているだろうか。もっと彼女らを知りたかった。
彼女らは何処に住んでいて、趣味はどんなことで、好きな芸能人は誰なのだろうか。
八クラスもあったのに、誰ひとり聞くことが出来なかった。
いやいや、僕が知りたいことは、そんな陳腐なことではない。
彼女らは、制服のスカートの下にブルマを穿いていた。
ブルマの下はどうなっているんだろう。
風に吹かれたときも、かがんで作業をしているときも、スカートを脱ぐときも、いつだって下は紺色だ。
僕は、ブルマに隠された、彼女たちの本性を知りたかった。
僕は、目の前のドラえもんではなく、もう二度と会えないかも知れない彼女らのことを考えた。
部活をしているときも、夜寝るときも、絶え間なく彼女らのことを考え続けた。
僕は高校で同じクラスだったドラえもんといつしか付き合い、卒業の五年後に結婚した。
それでも隣にいるドラえもんではなく、彼女たちのことを考え続けた。
結婚の二年後に、のび太にそっくりな息子が出来た。
それでも彼女たちのことは忘れられなかった。
彼女たちに会いたい。
年をとった彼女たちではなく、十五歳の彼女たちに会いたかった。
その夢は、本当に夢の中であるが、実物よりもずっともっと美化した姿で現れた。
いや、あれは彼女たちなんかではない。
僕の理想がすべて詰め込まれた姿だった。
昔ながらの紺色のセーラー服ではなく、スタイリッシュな今時の制服で、
全員が僕の好みの顔で、全員が僕の好みのバストサイズだった。
僕にとっては、一億円をもらうよりも嬉しくて、
どんなマッサージをされるよりも心地がよかったのに、
あのドラえもんは、道具を出して僕を救ってくれるどころか、地獄へ叩き落したのである。
いや、待て。
もしかしたら、僕に落ち度があるのかも知れない。
僕は彼女たちを知ろうとする余り、求め過ぎた。
時が経つにつれて、彼女たちを美しく着飾っていき、やがて何処の誰とも知れない、
理想の女の子像に仕立て上げてしまった。
そして、現実が見えなくなっていた。
いつだって、どんなときだってそうだったのである。
僕は、服を着ると、一階へ下りる。
その間、長男のことを思い出した。
つい数日前、家族全員で食事を取っていた。
そのとき、どうした訳か、長男に好きな女の子がいる、といった話に繋がってしまった。
だけれども、なかなか告白できないと言っていたことを思い出した。
僕は、たいしたアドバイスをしてあげられなかった。
だが、僕の二の舞にしてはいけない。
一階の居間に向かうと、長男がバラエティ番組を見ながら笑っていた。
僕は長男に話し掛け、色々の話をした。
当然の流れからか、好きな女の子の話になり、僕はこう声を掛けた。
「思い切って告白しなさい!」と。
後悔なんかはさせてはいけない。
(2013年8月)
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