なつやすみのにっき 1ねん2くみ あきつマイカ
2013.08.05
わっしょい百万夏祭り
結局、あの後晴れて、浴衣で行けることになった。
本当は花火だけ見れればよかったのだが、花火が始まる20時20分よりも二時間以上早く会場についてしまった。
肉巻きおにぎりと門司港の地ビールを買って、ゆっくり食べようと思ったのだが、
場所とりでうろうろしている間に、すっかり冷めてしまった。
最初は花火だけ見られればそれでいいと思っていたのだが、
『百万踊り』と言う、何千人もの市民の団体が一斉に踊るイベントに見入ってしまった。
一生懸命踊る子どもたち、女装をしている人、おばあちゃんなのにやけに元気がいい人、
『おかあさんといっしょ』でひとり突っ立っている子どものように、団体の中でもひとり踊らずボーっとしている人、
ノリのいい人、やる気のない人、揃いの浴衣や法被を着ている人たち、体操着や仕事着を着ている人たち、
そんな様々な人たちが、『わっしょい百万夏祭り』のテーマ曲に合わせて踊っている。
みんなで一緒になって、祭りを成功させようとする、見ているものに元気を与えようとする、
そんな踊りだったように思えた。
20時20分からは、ついにお目当ての花火大会である。
いくつもの色が交じり合ったもの、二色に分かれたもの、何秒間もの間に広がって打ち上がる高速花火、
ピースマーク、ハート、様々な花火が、合計で6000発打ち上がった。
特によかったのは、今回一番多かったのだけれど、
たくさんの小さな花火の集合体が、大きな花火のように見せるものだった。
花火の中から、また沢山の小さな花火が出てくるように思えるのだが、
童話の『スイミー』のように、小さくてもみんなで協力して大きく、
立派なものを作り上げているように思えた。
大きく打ち上がり、下へと降り注ぐ花火は、
まるで見ているものみんなに幸せを分け与えてくれるような、
そんな花火のように思えた。
4曲を使った音楽花火もよかった。
1曲目は『わっしょい百万夏祭り』のテーマ曲、
2曲目は『銀河鉄道999』(作者の松本零士先生が北九州育ち)、
3曲目と4曲目は知らない曲だったが、
3曲目は「離れてもキミのことを思ってるよ」といった歌詞の曲、
4曲目はインストだった。
どれも音楽に合っていて、綺麗だった。
最近、何をやっても面白くなかった。
だけれども、花火が煩悩とともに打ち上がっては爆発してくれる、
それを見て癒されるような、そんな気がした。
本当は市庁舎が市制五十周年にちなんだ「50」の文字を映し出したのだが、
ちょうど背景になっていたので、見ることが出来なかった、残念。
会場は野外で、人だかりも身動きが出来ないほど凄かったのだが、思っていたよりも涼しかった。
司会の人は、「昼間雨が降りましたけど、きっと大きな打ち水となってこの会場を涼しくしてくれたんでしょうね」
と言っていた。
昼間、空模様も、あたし自身もかなり荒れてしまった。
浴衣を着るのやめようか、花火を見るのやめようか、と考えていた。
だけれども、考えようによっては、あの雨は会場を涼しくしてくれる大切な雨だったのである。
あの時雨が降っていなければ、熱射病になっていたかもしれなかった。
花火大会が終わった途端、雨が降り出した。
無事に祭りが終わったという、喜びの雨だったに違いない。
2013.08.04
浴衣の危機!?
昨夜、作品を書き掛けで眠ってしまった。
思い出したように、四時ごろ起きて、作品の続きを書いていたら、
隣室で寝ていた母から、「パソコンの音がうるさい!」
とクレームを受けてしまい、泣く泣く中断しなければならなかった。
そして、仕方なく眠ったのだが、その夢の中の自分が、自分ではないような気がした。
それを今日は作品に書く。
今夜は、わっしょい百万夏祭りの花火を見ようと、知人と約束している。
勿論、浴衣を着て!
それなのに、今日に限っては雨がずっと降り続いてる。
いつもだったら、午前中で止んでくれるのに、
今日に限っては昼までずっと降っている。
「花火中止になりそうだから、とりあえず食事だけでも」とか、
「浴衣じゃなくて、普通にジーパンとかでいいよ」とか、
そんなことを言っているけれども、なんかそれでは納得が行かない。
やっぱり浴衣が着たいよ~!
やっぱり花火が見たいよ~!
せめて、花火大会の時間だけは晴れていてくれ~!
浴衣で思い出したことがある。
この前、浴衣用の下着を買おうと思って、
インターネット検索していた。
すると、あるサイトに、
「男の人は浴衣の下に下着を着けない?」
と書いていて、ちょっとびっくりしてしまった。
下着を着けない?
女性が下着を着けないというのはわかるが、男性もそうなのか?
トランクスやボクサーでもダメなのか?
男性は明治時代からパンツ(猿股)があり、着物の下でもパンツを穿いていた。(褌もあったが)
だが、女性はブラもパンツも一般に普及するのは戦後で、着物の下には襦袢や腰巻をつけていた。
それに、女の人は、普通のブラだと着崩れするから着けないというのは聞いたことがあるが。
気になって、そのサイトで調べてみたら、まったくの正反対だった。
むしろ、「着けてください」とのことだった。
普通にトランクスorボクサーは穿くようである。なーんだ。
と言うより、浴衣の下がブラブラしていたらいやだ。せめてパンツは穿いていて欲しい。
2013.08.04
浴衣の危機!?
昨夜、作品を書き掛けで眠ってしまった。
思い出したように、四時ごろ起きて、作品の続きを書いていたら、
隣室で寝ていた母から、「パソコンの音がうるさい!」
とクレームを受けてしまい、泣く泣く中断しなければならなかった。
そして、仕方なく眠ったのだが、その夢の中の自分が、自分ではないような気がした。
それを今日は作品に書く。
今夜は、わっしょい百万夏祭りの花火を見ようと、知人と約束している。
勿論、浴衣を着て!
それなのに、今日に限っては雨がずっと降り続いてる。
いつもだったら、午前中で止んでくれるのに、
今日に限っては昼までずっと降っている。
「花火中止になりそうだから、とりあえず食事だけでも」とか、
「浴衣じゃなくて、普通にジーパンとかでいいよ」とか、
そんなことを言っているけれども、なんかそれでは納得が行かない。
やっぱり浴衣が着たいよ~!
やっぱり花火が見たいよ~!
せめて、花火大会の時間だけは晴れていてくれ~!
浴衣で思い出したことがある。
この前、浴衣用の下着を買おうと思って、
インターネット検索していた。
すると、あるサイトに、
「男の人は浴衣の下に下着を着けない?」
と書いていて、ちょっとびっくりしてしまった。
下着を着けない?
女性が下着を着けないというのはわかるが、男性もそうなのか?
トランクスやボクサーでもダメなのか?
男性は明治時代からパンツ(猿股)があり、着物の下でもパンツを穿いていた。(褌もあったが)
だが、女性はブラもパンツも一般に普及するのは戦後で、着物の下には襦袢や腰巻をつけていた。
それに、女の人は、普通のブラだと着崩れするから着けないというのは聞いたことがあるが。
気になって、そのサイトで調べてみたら、まったくの正反対だった。
むしろ、「着けてください」とのことだった。
普通にトランクスorボクサーは穿くようである。なーんだ。
と言うより、浴衣の下がブラブラしていたらいやだ。せめてパンツは穿いていて欲しい。
2013.08.03
もっと知名度上がらないかな
急遽、「website」という項目を作りました。
というのも、WEBNODEというレンタルスペースが、日本ではあまりにもマイナーすぎて、もう少し知名度が上がればいいのに、と思ったからです。
実際、訪問者の半数はアメリカ人らしいですし(苦笑)
何よりも、Googleで「WEBNODE」と入れても、日本語のサイトに殆ど引っかからず、Wikipediaにも項目が無く(日本語でないものも含む)、
Webに通じた人たちも紹介しない状態で、寂しすぎますよね。
まあ、アメブロのように、芸能人だけで何万人も使っているようになるのも、かえってどうか、と思いますが。
あまり膨らませすぎないように、もっと知名度が上がるようにしていきたいです!
それと、これまで、何箇所もレンタルサーバーを借りては失敗してきているので、
それらの経験談も書いていきます。
2013.08.03
決めました
暫定的に「小説詩」ということにしました。
詩というにも、小説というにも、おこがましい、
それらを馬鹿にしているように思えたのですが、
どちらかでくくらなければならないような気がして、
だけれども、くくれないような気がしたので、
暫定的、もしかしたら他の誰かが似たようなことを
やっているのかも知れませんが、
(そこで特許を取れる自信は無い)
「小説詩」としました。
もう、どっちでもいいです。
それを詩と思う人がいるのなら、詩と思えばいい。
小説と思う人がいるのなら、小説と思えばいい。
どっちでもねぇよ、詩を、小説を、馬鹿にすんな!
と思う人がいるのなら、そう思っていただいて構わないです。
とにかく、思ったままを書く。
そうしないと、書けるものも書けないから。
2013.08.02
書きたいものは何?
出そうとして出てくる文章が、
詩のそれとは違っていて、
小説のそれとも違っていて、
エッセイのそれとも違うような、
そんな気がした。
何と言えばいいのだろう。
多分あたしの勉強不足なのだけれども、
詩と言うには表現が乏しく、
小説と言うには短すぎて、
エッセイのそれともまた何か違っていて、
自分独自のものとも言い難そうで、
本当にジャンルを何と言えばいいのかわからず、
このサイトのカテゴリーも曖昧な場所に入れちゃっている。
宣伝も出来ずにいる。
ネタは幾らでも思いつくのだけれども、
ジャンルがわからないから、
井の中の蛙は、大海を知らないのである。
2013.08.01
高校時代のこと
散文・高校時代をUPしました。
本当は他にも書きたいことがもっといっぱいあったのですが、どうしても高校時代のことを書かなければ前に進めないような気がしたので、これを書きました。
後日ゆっくりと書きますが、自分にとって、高校時代のすべてが重荷でした。
入学式の次の日から、クラスメイト全員にいじめられ、担任にも「あなたのような協調性の無い人はうちの学校にいらない」と言われまして、
それでも三年間通い続けたのに、いざ社会に出たら、あの学校に通っていたことを全部批判されたのですね。
頭のいい学校ではない、商業科や工業科を出て資格を持っている訳ではない、高校時代にアルバイトをしていない、などなど。
言いたい奴には言わせとけ、と思わないでもないのですが、
あんな苦しい思いして、誰ひとり味方がいなくて、何ひとつ学ぶことも無くて、
それでも泣く泣く通った三年間が馬鹿みたいに思えてきたんですね。
早いうちにやめて、高卒認定を取っておいた方がよかった方がまだマシだったかも知れない。
未だにそう思っています。
だけれども、忘れられない。
制服を売り払っても、アルバムを焼き捨てても、重たい荷物が軽くなることは無く、むしろさらに重くなる。
もう卒業して十年半が経つのだし、そろそろこの心の中の重荷を放たなければならない、そう思い、書きました。
それと、ここ最近の仕事(アルバイト・パート含む)を、一週間もしないうちにやめていることが多いので、そんな自分に言い聞かせると言う意味でもあります。