RYUNOSUKE

ここでは、芥川龍之介について調べたこと、考えたこと、妄想したことなどを沢山載せていきます。

このサイトは、一個人が独自に研究して作ったものです。芥川龍之介氏の親族や出版社の方などとは一切関係がありません。
大学の文学部などで学術的に勉強・研究しているわけではなく、学術的に研究されている方々から見れば、物足りないかも知れません。
また、膨大な資料の中で、Aはこう書いていたけれど、Bはその逆を書いていたという、矛盾した点も沢山出てきました。当然矛盾していることなので、両方の説を採用するわけには行きません。その場合は、自分が読んで、自然な流れになる方を採用させて頂きました。なので、間違っている部分も多々あるとは思いますが、ご了承頂ければ幸いです。

参考文献

以下の文献、サイトを参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

『芥川龍之介全集』(岩波文庫)

『芥川龍之介事典』(明治書院)

『芥川龍之介(新 文芸読本)』(河出書房新社)

『追想 芥川龍之介』(芥川文・中野妙子著 筑摩書房)

『新潮日本文芸アルバム13 芥川龍之介』(新潮社)

船橋屋・・・龍之介がご贔屓にしていた葛餅の老舗です。龍之介に関するお茶目なエピソードはこちらで知りました。因みに、龍之介が晩年に書いた随筆『本所両国』にも、この船橋屋の葛餅が登場します。

神田資料室・・・龍之介最晩年、アルスと興文社の間で泥仕合になった事件について詳しく書かれています。

※他にも参考文献がありますので、わかり次第UPいたします。

備考

いくつかの説があるものについて、少し説明しておきます。

  • 龍之介の奥様の名前は、『文(ふみ)』と書かれているものと、『文子(ふみこ)』と書かれているものとがあり、龍之介も彼女を『文子』と呼んでいます。この当時は、2文字の名前にわざと『子』をつけて呼ぶ習慣がありました。たとえば、『ウメ』であれば、『梅子』と言った感じで。なので、実際は『文』が正しいです。
  • 同様に、龍之介の姉の名前は、『初子』『久子』と書かれているものがありますが、それぞれ『ソメ』『ヒサ』が正しいです。
  • 龍之介の長姉は『初ちゃん』と呼ばれていますが、戸籍名は『ソメ』です。通称が『ハツ』だったようです。
  • 龍之介の実父・新原敏三の生年は、1850年説と、1851年説がありますが、1850年説が正しいようです。
  • 龍之介の異母弟・得二の生年は1898年説と1899年説がありますが、1899年説が正しいようです。
  • 龍之介の妻・文の生年月日は、1900年7月4日説と、1900年7月8日説がありますが、7月8日が正しいようです。
  • 龍之介の長男・比呂志の生年月日は、公式には1920年3月30日となっており、戸籍上もこの生年月日ですが、実際は1920年4月10日です。というのも、当時は4月生まれだと遅生まれとされ、3月以前の生まれよりも学校教育が一年遅れてしまうと考えられていたからです。そのため、わざと戸籍の日にちを変えて提出することも珍しくなかったそうです。

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