1・出生

明治二十五年三月一日、午前八時ごろ、東京のとある牛乳屋で、ひとりの男の子が生を受けました。彼が生まれた時間は、ちょうど『辰年、辰の月、辰の日、辰の刻』と、「辰」揃いでした。この家には、ふたりの女の子がいましたが、男の子はいませんでした。待望の長男誕生に大喜びし、それも「辰」揃いの時刻に生まれたことにビックリしたお父さんは、時刻にちなみ、彼を『龍之介』と名付けました。
 龍之介のお父さんは、新原敏三(にいはらとしぞう)といいます。敏三は山口県出身で、幕末の頃に上京し、『耕牧舎』という牛乳屋の支配人となりました。今では考えられないかも知れませんが、この耕牧舎は新宿に広大な牧場を持っていたのです。龍之介のお母さんはフクといいます。このフクの旧姓が『芥川』でした。
 龍之介が生まれたとき、敏三が数え年で四十三歳、フクが数え年で三十三歳、ともに厄年でした。この時代は、『捨て子』という旧来からの迷信がありました。捨て子と言うのは、あらかじめ拾う親を決めておいて、その親の元に捨てる、儀式のようなものでした。龍之介は生まれて間もなく、敏三の仕事仲間である松村浅二郎の元に、捨て子として出されてしまいました。
 龍之介にはふたりのお姉さんがいました。ひとりは、龍之介よりも四歳年上のヒサといいます。もうひとりはソメといい、みんなからは「ハツちゃん」と呼ばれていましたが、龍之介が生まれる一年前に、六歳で亡くなりました。
 長女・ソメの死に対するショックと、長男・龍之介を捨て子として出してしまった罪悪感が積み重なり、フクはひどく苦しみ、悩むようになりました。やがて、それらの苦しみは爆発し、龍之介が生まれて半年ほどが経ったある日、突然発狂しました。
 敏三は、龍之介をヒサと同じように新原家で育てたいと思っていましたが、龍之介はまだ乳飲み子。育てる人がいません。そこで、敏三は泣く泣く、龍之介を、フクの実家である芥川家に養子に出しました。龍之介は出生の第一歩において、すでに暗い影を背負っていたのです。

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