なつやすみのにっき  1ねん2くみ あきつマイカ

2013.09.01

替え歌

芸のためなら 女房も泣かす

それがどうした 文句があるか
雨の東京 田端まで
締め切り前の 編集者
今日も呼んでる 今日も呼んでる
芥川龍之介
「そりゃ僕は阿呆だ 薬も飲むし 女も泣かす
 だけれど それもこれも みんな芸のためだ
 今に見てみろ! 僕は日本一になってみせる
 日本一だぞ わかってるだろ 文子
 何だその辛気臭い顔は 紙だ! 紙だ!
 紙買って来い!」
そばに私が ついてなければ
なにも出来ない この人だから
泣きはしません つらくとも
いつか文士の 華になる
惚れた男の 惚れた男の
でっかい夢がある
「好きだから一しよになった仲じゃない
 あなた遊びなさい 薬もやりなさい
 あなたが日本一の文豪になるためだったら
 わたしどんな苦労にも耐えて見せます」
凍りつくよな 浮世の裏で
耐えて花咲く 夫婦花
これが俺らの 恋女房
あなたわたしの 生き甲斐と
笑うふたりに 笑うふたりに
田端の春が来る
『浪速恋しぐれ』の歌詞を聴いて、龍之介と文ちゃんの関係に似ていたと思ったので、つい替え歌にしてしまった。龍之介も文ちゃんも東京出身なので、標準語で。
あんな死に方をしたけれど、龍之介には夢があって、もっと幸せな人生を送りたかったのではないかと思ったので、最後のハッピーエンド(!?)は、そのまま生かしてみた。

2013.08.25

24時間テレビに見入ってしまった…orz

なんかもう、テレビを観ている時間がもったいない。
と思いつつ、母が家にいるのをいいことに、なにもしないまま一日が終わってしまった。
深夜も、寝ようと思ったら母に「チュートリアルとか芸人がいっぱい出てるよ~」と呼ばれ、『24時間テレビ』の深夜の企画を見せられるし。起きたら起きたで、誰が出てる、彼が出てる、何が面白い、誰が頑張ってる、などとうるさくて、結局一日中落ち着けなかった。
勿論、ノルマは達成していない。書きたいことが山程あるので、今日は寝ずに書かなければならない。
『24時間テレビ』の、チャリティーである割には出演者のギャラが高いとか、マラソンのランナーがきちんとその距離を走っているか否かが曖昧なところは正直あまり好きではない。
だが、間寛平さんは10種目に挑戦し、これまでの自分の記録を次々と塗り替えていたし、片足のない女の子が自分の足で屋久島の奥にある縄文杉を拝みに行ったり、耳の聞こえない聾学校の子たちがみんなでタップダンスに挑戦しているのはよかった。自分の限界に挑戦しようとしている姿には、やはり勇気をもらえる。
今年の『24時間テレビ』のメイン出演者、若手がひとりもいないね。ベテランばかりでフレッシュさに欠けたような気がした。上戸彩さんが殆ど何もしていなかったな。堀北真希さんしかり、新垣結衣さんしかり、正直あまり上手ではなかったけれど、それなりに喋っていた。だが、上戸さんはほぼ役に立っていないような気がした。
深夜の企画で、「嵐 vs 関ジャニ∞」をやっていたけれど、今の嵐と関ジャニの姿を見ていると、全盛期のGLAYとラルクを思い出す。GLAYがブームの真っ只中にいて、ラルクはそれを追う。
ラルクはGLAYに何かと対抗心を燃やしていたけれど、GLAYはあまり気にしていないように見えた。
それでも、世間ではライバル関係にあって、大抵のクラスではGLAY派とラルク派に分かれていた。
正直を言うと、実力はGLAYにあった。純粋に楽曲を評価した際、GLAYの方がよかったし、本物のように見えた。ラルクはどちらかと言えば、奇抜なプロモーションの方が目に付いた。この姿は、今の嵐と関ジャニに似ているのではないだろうか。GLAYとラルク、嵐と関ジャニがそれぞれ仲がいいところも共通するし。
でも、コアな音楽通には、GLAYよりもラルク、嵐よりも関ジャニの方が評価が高いんだよな。それもまた共通しているかも。
福岡ローカルで引きこもりだった女の子がアイドルを目指す企画があったけれど、引きこもりでもアイドルになれると思う。
AKBがいい例だ。小学校・中学校時代友達がいなくて、引きこもっていた、暗かったという子が多い。センターを張っている人たちの多くはそうである。
歴代モーニング娘。メンバーでも、道重さんや亀井さんは小学生の頃殆ど友達がおらず、「自分を変えたい一心」でモーニング娘。に入った。石川さんは小学生の頃デブでブサイクだったし、安倍さんもいじめられていた。それでもみんなアイドルになった。
人気アイドルになったからといって、必ずしもクラスの人気者になれるとは限らない。
辻さんはモー娘。全盛期に殆ど学校に行けていなかったこともあってか、誰も友達が出来ず浮いた存在だったと番組で語っていたし、PerfumeのかしゆかさんもPerfumeに入ったことでクラスメイトからのいじめに遭ったそうである。
アイドルは、本人の努力次第でどうにでもなれる。
よく色んなところで言われているけれど、「過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる」
この言葉にぴったり当てはまるのが近年のアイドルなんじゃないかと思った。

2013.08.24

またもや不満が。

今、クラウドラインのマニュアルを見ているが、「30分経ったら強制的にログアウトになります」なんて一言も書いてないし。

強制ログアウト&その30分以上かかって書いた記事が自動的に消えて、またやり直しって、なんかもう、時間がもったいないような気がする~!

『或文豪の一生』を書いていても思ったけれど、書いている途中に強制的にログアウトになって、また一からやり直しってすっごく面倒くさい。

これ、何とかならんかな。

2013.08.24

美幸ちゃん、頑張っぺ!

 森三中の大島さんが『24時間テレビ』のマラソンランナーとして走っていますね。

大島さんのポジティブなところが好きです。
大島さんは、中学二年まで、同級生や部活の先輩にいじめられていました。
誰ひとり止めてくれる人がいなくて、ずっと耐え続けていました。
殴られたり、砂の中に生き埋めにされたり、水着を破られて全裸で泳がされたりしたそうです。
あるとき、大島さんは思い切って、いじめのボスだった子に、
「何であたしをいじめるの?」
と聞きました。
するとそのボスだった子から
「あんたをいじめるのが面白いからよ!」
と言われたそうです。
この事件が、大島さんにとってのターニングポイントです。
それから「あたしの存在が、みんなを面白くさせている」と、ポジティブに捉えるようになり、いじめられることもなくなりました。
そして、その子にNSCを紹介され、吉本に入ったそうです。
森三中は、今でこそ身体を張る仕事やリアクション芸が多いけれど、大島さんは「学生時代にいじめられていたことに比べたら、今の方がずっと楽」と思っているみたいです。
因みに、いじめたメンバーのうちの一人が、U字工事の卓郎さんだそうで、いじめた人とよく一緒に仕事できるな、と思えるけれど、見た感じでは卓郎さんが大島さんを可愛がっているように見えるし、お互いに今は昔と割り切っているのかも知れませんね。
そんな、苦しい少女時代を乗り越え、今のパワフルな大島さんになりました。

今では大島さんを大切に思う、素敵な旦那さんがついています。 24時間走り続けることはつらいかも知れないけれど、大島さんなら出来る! そう信じています。 美幸ちゃん、頑張っぺ!

2013.08.24

今日の計画

眠いねぇ~。

今日は、『或文豪の一生』を完成させます。

それからプロットも書きたい。山程書きたいことがあるのに、それらが全然整理できてない。

2013.08.23

女性のあるべき姿!?

 この頃、野球選手が頑張ってるな~!

マーくん(田中将大選手)がどんどん連勝を重ねているし。イチロー選手は4000本安打である。

特にマーくんは、インタビューで、「嫁には日頃から食事の面などで支えてもらっている。嫁のお蔭」と、妻である里田まいさんに、感謝の気持ちを述べるほどだ。確かに、里田さんのお蔭といっても過言ではないかも知れない。

『ヘキサゴン』に出ていた頃の里田さんは、正直を言うと大きらいだった。羞恥心の三人が「勉強は出来ないけれど、優しくていい人たち」のキャラクターで売れ、「愛すべきおバカキャラ」だったのに対し、里田さんと木下優樹菜さんは見るからに自分勝手でわがままな性格が出ていて、素直さがないように思えたからだ。

だが、最近の里田さんは頑張っている。

他の『ヘキサゴン』に出演していた既婚の主婦タレントは、みんな旦那・子ども・家事そっちのけで、テレビに出ずっぱり。自分ばかり遊んだり、オシャレしている姿が目立つが、里田さんだけは別だ。

テレビには出る機会が減ったが、その陰で、料理教室に真面目に通い、スポーツ選手である旦那の栄養面のサポートに尽力している姿があった。

『ヘキサゴン』に出ていた頃は、米の研ぎ方も知らないほどの料理音痴だった。だが、今では、プロも認めるほどの腕前になり、マーくんの連勝の要となるほどまで成長しているらしい。

結婚って、こうも人間を変えるものなんだな。そして、これが主婦としてあるべき姿なんだな。改めてそう思った。

こう書くと古い人間のように思われるかもしれないが、女の人が遊べるのは独身のうちだと思っている。旦那がついたら、もうひとりではない。自分の好き放題に出来なくなる。子どもが産まれたら、自分のことよりも、子どもの方が大切になる。

よしんば、まだ若い、遊び足りない時期に結婚・出産してしまうと、遊びたい気持ちばかりが走り、深夜でも平気で子どもを連れまわす。子どもを親に押し付けて、或いは放置して自分たちだけ遊びに行く。都合のいいときだけ、いかにも「子育て頑張ってます」と言わんばかりに、子どもの顔写真をブログやmixi、facebookなんかに投稿する。そして、都合が悪くなれば放置、虐待……。そういう親は、特に若い人に多い。

その反面、30過ぎても結婚しない人もたくさんいる。仕事に夢中になっていて結婚どころではない、という人も確かに多いが、そればかりではない。まだまだ女の子でいたい、まだまだ遊びたい、まだまだ親のすねをかじって生活したいと思っている30代以上の女性も増えているのではないだろうか。それは悪いことではない。逆に女性が、男に尽くすだけの存在ではなく、色んな意味で自立してきた証だから。

女性のあり方も変わったなぁ……。

2013.08.22

まだまだやりたい!

今日はプロットを2つ書く。プロットは書いても、自分の納得できるものにならないな。

『或文豪の一生』は、プロットと同時進行で書いたのだけれど、龍之介が思うように書けなくて、スランプに陥っているところで、自分もスランプになった。だけれど、休憩しながら『新潮文芸アルバム』や龍之介の作品の文庫本なんかを読んでいると、あらためて龍之介の凄さを感じるね。自分のような、陳腐な文章しか書けない。両親の仲が悪くて常に離婚寸前だったとか、高校時代クラス全員にいじめられたとか、転職を何十回もしてその殆どがクビだったとか、苦しかったことはたくさんあったけれど、そんな苦しみは、龍之介の苦悩から比べたら鼻糞みたいなものだな。龍之介に追いつくまで、何年掛かるだろう。多分、年金生活に入っても無理だろうな。

とにかく、今は書きたい。どんなうんこなことでも書きたい。テレビを観ている時間も、寝ている時間も、食べている時間ももったいない!

それなのに、こういうときに限って、母が話しかけてくる。母はこっちが作業をしていても、「チュートリアル出てるよ~!」「ブラマヨ出てるよ~!」などと言ってくる。正直、今の自分は芸人には興味がない。だから、無視しているのだが、「何で観ないの?」「面白いよ~!」などとしつこく言ってくる。もうね、パソコンやっているときくらいそっとしといて!

お笑いは今でも好きだが、誰が出ているから観るといった番組はまったくなくなった。チュートリアルを10年間追ってきたのに、龍之介に興味が移ってからは出演番組もまったく観なくなったなぁ……。

2013.08.21

初ちゃんの生まれ変わり?

これ、前から思っていたことなのだけれど、もしかして、龍之介は初ちゃんの生まれ変わりなのではないだろうか。

何故、そう思うのか。

初ちゃんが死んだのが1891年4月5日。

龍之介が生まれたのが1892年3月1日。この間が11ヶ月。

死者が成仏するまでが49日。なので、5月下旬には成仏する。

赤ちゃんが母親のお腹の中にいるのが大体10ヶ月。なので、5月下旬にはお腹の中にいる。

そうすると、初ちゃんの魂が、フクさんのお腹の中にいる龍之介に乗り移ったとしても矛盾はない。

初ちゃんの利口さを持って、龍之介は生まれてきた。

そして、初ちゃんだけでは成し得なかった、様々な業績を、龍之介は残した。

それ故に、龍之介は苦しんだ。龍之介はひとりで生きている訳ではないから。

それ故に、常に相手を気遣った。龍之介はひとりで生きている訳ではないから。

なのに、龍之介自身も含め、どうして誰もこれを指摘しないのかな。

2013.08.21

或文豪の一生

現在、『或文豪の一生~芥川龍之介伝~』というものを書いています。
仰らしいタイトルにしてしまいましたが、どちらかと言えば、高校生以下の子と、文学や芥川龍之介をあまり知らない、興味がない人向けに書くつもりです。
夏目漱石や宮沢賢治の伝記は結構色々とあるけれど、龍之介の伝記ってありそうでなかなかないですよね。(あたしが知らないだけ?)
なので、そういった意味も兼ねて、書いて行きたいと思います。

一応、

第一章 出生(0歳)※新原家にいた頃

第二章 幼少期(0~12歳)※7ヶ月~小学校卒業

第三章 青春時代(13~24歳)※中学~夏目漱石の死

第四章 人気作家へ(25~29歳)※作家生活前期

第五章 苦しみ(30~34歳)※作家生活後期

第六章 自滅~龍之介が遺したもの~(35歳→?)※最晩年

とする予定ですが、文体・内容ともに変更の可能性があります。

2013.08.21

メール風に……

 

龍之介が文ちゃんに送ったラブレターを、メール画像風にしてみました。

何処だったか忘れたけれど、龍之介が文ちゃんに送ったラブレターをメール画像風にしていたサイトがあり、それに触発されてしまいました。(単純!)

 

送信日の8月25日は実際に龍之介が手紙を書いた日。送信時間が9時なのは、実際朝書いているのだけれど、あんまり朝が早いと向こうに申し訳ないと気を遣っていそうなので。23分は「ふみ」の語呂合わせにしてみました。

背景が海なのは、龍之介が一の宮海岸であのラブレターを書いたからです。

画像の海は何処のものかわかりませんが、とりあえず、イメージだけでもしていただければと思いまして。

龍之介が今いたら、絶対ドコモユーザーだろうなと思ったので、画面はドコモのものに倣いました。

作ってみて思ったことがあります。

今はラブレターでも手書きで書くことが少なくなり、メールで簡単に送れるようになりました。

確かに、書く人が一生懸命捻り出した言葉であることには間違いありません。だけれど、文面さえ決めておけば、誰にでもまったく同じものを作れるのがメールです。

一方で、同じ文字を書こうとしても、まったく同じものにならないのが手書きです。感情を込めて一生懸命に書いたときと、何も考えずに書いたときと、殴り書きをしたとき、あせって書いたとき……。暑いとき、寒いとき……。朝、昼、夜……。そのときそのときでまったく違うものになってしまうのです。

よしんば同じものをコピーしたとしても、写真に撮ったとしても、やっぱり写しは写しでしかなく、ふたつとして同じものを作り上げることは出来ません。

当時はメールがなく、手書きで気持ちを伝える時代でした。

だけれど、やっぱり、龍之介が文ちゃんのためを思い、精一杯書いた手書きだからこそ、気持ちが伝わるものだと、あらためて感じました。

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